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名古屋地方裁判所 平成6年(タ)24号 判決

主文

一  平成四年一一月二日、愛知県犬山市長に対する届出によってなされた原告と被告との間の婚姻は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  当事者

原告は、日本国内に住所を有する日本人であり、被告は、大韓民国国籍を持ち、大韓民国内に住所を有する外国人である。原告と被告は、平成四年八月ないし一一月当時、ともに世界基督教統一神霊協会(以下「統一協会」という。)の信者であったが、その後原告のみが統一協会を脱会している。

二  原告と被告の婚姻届

原告は、平成四年八月二五日、大韓民国のソウル市内において、被告とともに統一協会の主宰する「合同結婚式」に参加した後、平成四年一一月二日、愛知県犬山市長に対し、被告との間の婚姻の届出をした。

三  当事者の主張等

1 原告は、結婚相手の選定及び被告との間の婚姻届の提出は、いずれも統一協会の指示に従って行ったことであり、原告には、右届出時に被告と婚姻する意思はなかったとして、右届出による原被告間の婚姻は無効であることの確認を求める。

2 被告は、適式な呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面を提出しない。

第三  判断

一  婚姻に至る経緯について

《証拠略》によると、原告が被告と婚姻するに至る経緯について、以下の事実が認められる。

1 原告(昭和三五年一二月九日生)は、同六二年ころ統一協会に入信し、統一協会信者として、献金集め及び信者の勧誘等の活動に従事していたところ、平成四年七月、当時所属していた統一協会四日市教会の教会長から、「合同結婚式」に参加するよう指示された。

「合同結婚式」とは、統一協会の信者の中から、統一協会の文鮮明教祖が選出した男女を、何千何万組という単位で集合させ、同時に結婚式をとり行う儀式であり、結婚に臨む男女は互いにそれまで見ず知らずの者同士であることがほとんどであり、あるいは国籍や言語も異なり、意思の疎通すら容易に図れない組み合わせであることも稀ではない。

2 原告は、同年八月二一日、大韓民国のソウル市へ出発し、同月二三日、同市内において、統一協会から結婚の相手として指定された被告と初対面し、同月二五日に、同所において、統一協会の発表で三万組の参加カップルのうちの一組として、被告とともに「合同結婚式」に参加した。しかし、原告としては、右「合同結婚式」への参加は、統一協会の教義に従い、統一協会幹部の指示を遵守した結果であるに過ぎず、事実、被告を生涯の伴侶として選び、同人と婚姻しようという確たる意思を有していたものではなかった。

3 「合同結婚式」の後も、原告は、指示があるまで同居は許されないという統一協会の教義に従って、被告とは別々の場所で寝起きをし、同月二九日には日本に帰国した。原告は韓国語が理解できず、被告は日本語が理解できないため、互いにほとんど会話も交わすことがなく、結局夫婦としての共同生活を行うことはもとより、夫婦関係を持つことすらなかった。

この間、統一協会から、同協会の活動のため次に渡韓する際に長期滞在ビザ(同居ビザ)を取得する便法として、帰国後直ちに被告との間の婚姻届を提出するよう指示を受けたため、原告は、渡韓中に被告と共に、日本の様式による婚姻届を作成したが、大韓民国の様式による婚姻届については、同協会から日本の婚姻届提出後にその戸籍謄本と共に提出する旨説明されたので、これを完成させないまま日本に持ち帰った。

4 原告は、帰国後も婚姻届を提出しないまま、人参、珍味の販売等の協会活動に従事していたが、統一協会から、婚姻届を提出するよう、再三の指図を受けた。

原告としては、その当時において、現在及び将来とも、被告との間で、通常の夫婦としての共同生活を営もうという意思を全く有していなかったため、婚姻届を提出することをちゅうちょしていたが、統一協会からの強い命令を拒むことができず、やむなく、長期滞在ビザ取得の便法とする意思で、同年一一月二日、愛知県犬山市長に対し、渡韓中に作成して日本に持ち帰った被告との間の婚姻届(以下「本件婚姻届」という。)を提出した。

5 原告は、本件婚姻届提出の後、両親らの説得を受け、同年一二月一九日に、統一協会に対し脱会届を提出した。

6 原告と被告とは、原告の帰国後三回程手紙のやり取りをしたのみで、面会したり話し合ったりしたことが全くなく、現在までに互いに婚姻の約束をしたり、婚姻の意思を確認し合ったりしたことはなかった。

また、原告は大韓民国の様式による婚姻届を現在にいたるまで被告に返送していない。このため被告の大韓民国戸籍には、原告と被告との婚姻申告がなされた旨の記載が存しない。

二  本件の国際的裁判管轄権について

右認定の事実によれば、本件は、日本国民である原告が、大韓民国の国民である被告を相手方として、婚姻無効確認を求めるものであるところ、かかる事件についてわが国の裁判所がいわゆる国際裁判管轄権を有するか否かにつき判断する。

渉外的婚姻無効確認訴訟の国際的裁判管轄については、明確な国際法上の原則が確立されてなく、わが国においても外国人に対する婚姻無効確認訴訟の裁判権については、法例その他の成文法上明確な規定もないのであるから、法律欠缺の一場合として条理に基づいて妥当な規範を発見するほかない。

ところで、国内民事裁判権の管轄についての基本的規定である民事訴訟法第一条は、訴えは被告の普通裁判籍所在地の裁判所の管轄に属する旨を定めているので、婚姻無効確認訴訟の国際的裁判管轄権の有無を決定するにあたっても、被告たる婚姻当事者が住所を有する国にのみ管轄権を認めることを原則とすべきことは、訴訟手続上の正義の要求にも合致するので、けだし当然というべきであろう。

ところが、一方、本件においては、前認定のとおり、被告は大韓民国人であり、かつ、住所も同国にあるところ、大韓民国戸籍上、同国内においては、原被告間の婚姻の申告は行われていないから、わが国同様法律婚主義を採用している大韓民国においては、原被告間の婚姻は未だ形式的にも成立していないこととなり、本件婚姻は、いわゆる跛行婚にあたるものである。そうしてみると、原告は、大韓民国においては、その婚姻無効確認を求める方法がないものと考えられるので、本件の場合、前記国際的裁判管轄権の原則に膠着し、被告の住所がわが国になければ、わが国に婚姻無効確認の国際的裁判管轄が認められないとすることは、いわゆる跛行婚を放置することとなり、わが国に住所を有する日本人で、わが国の法律によって婚姻無効確認の請求権を有する者の身分関係に十分な保護を与え得ないこととなり、かえって国際私法生活における正義公平の理念にもとる結果を招来することとなるものといわなければならない。

以上のとおりであるから、本件婚姻無効確認請求は、前認定のような特段の事情によるものであり、しかも原告が日本国民であり、かつ、わが国に住所を有する以上、たとえ被告がわが国に住所を有しない者であっても、本件訴訟はわが国の裁判管轄権に属するものと解するを相当とする。

三  本件婚姻の有効性について

前記認定の事実によれば、原告には、本件婚姻届提出の当時、被告との婚姻の意思、すなわち夫婦として同居し、相互扶助のもとに生活するという実質的夫婦関係を築く意思がなかったことは明らかである。

ところで、法例一三条一項によれば、婚姻成立の要件は、各当事者につきそれぞれの本国法によって定められるべきところ、婚姻の意思の欠如は、相手方と関係なく、当事者の一方のみの関係で婚姻の障碍となる一面的婚姻障碍であるから、婚姻の意思を欠く当事者、すなわち本件においては原告の本国法であるわが国の法律に従って、その婚姻の成立に与える効果を決すべきであり、本件婚姻届提出の当時、原告が、被告との婚姻の意思を有していなかった以上、日本国民法七四二条一号により、本件婚姻は無効である。よって、被告につき、その本国法による要件充足の有無を検討するまでもなく、本件婚姻は全体として無効であるというべきである。

四  よって、原告の本件請求は理由がある。

(裁判長裁判官 永吉盛雄 裁判官 佐藤陽一 裁判官 荻原弘子)

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